人の飲食物の上を通る行為について、あえてはっきり書く

 


職場や飲食店、食べ放題などで、
人の飲み物や食べ物が置いてあるにもかかわらず、
その真上を手や腕が通る場面を、驚くほど頻繁に見かける。

PCモニターを指差すとき。
壁の張り紙を示すとき。
説明や作業の流れの中で、無意識に。

本人はたぶん、何も考えていない。
そして問題は、そこだ。

その腕の状態は、こちらからは一切分からない

正直に言ってしまうと、
その腕や手がどれだけ清潔かは他人には判断できない

  • 袖に髪の毛や埃は付いていないか

  • ゴミや服の繊維は落ちてこないか

  • 直前にどこを触っていた手なのか

  • その服は、本当に清潔な環境で洗濯されたものなのか

失礼だとは思う。
でも、分からないものを信じろと言われても無理だ。

口に入る飲食物の上を通る行為は、
「信頼」が前提になりすぎている。

「通っただけ」は、免罪符にならない

よく聞く言葉が
「触っていないから大丈夫」「通っただけ」。

でも、それは
通る側の理屈であって、
通られる側の感覚ではない。

通ること自体に不快感を覚える人がいる、
という想像ができない時点で、
すでに感覚はズレている。

店員であっても、例外にはならない

特に疑問に思うのは、
これを店員が平気でやる場面だ。

客の水や料理の上を平気で通って伝票を置く。

これ本当に多い。

先日は、
隣の客に説明するために、
私の水の上を通して壁の張り紙を指さされた。

説明が必要なのは分かる。
でも、
「それ、今そこを通る必要ありますか?」
と思わず考えてしまう動線だった。

気にする人は、声を上げないだけ

こうした行為を不快に感じても、
その場で指摘する人はほとんどいない。

だから
「誰も気にしていない」
ということになる。

でも実際は、
気にする人が黙って引いているだけだ。

評価が下がるときは、
いつも静かだ。

これは価値観ではなく、想像力の話

この話を
「細かい」「神経質」で片付けるのは簡単だ。

けれど、
他人の飲食物の上を通る前に
一瞬立ち止まって考えることは、
特別なマナーでも、高度な気遣いでもない。

ただの想像力だ。


  • 人の食べ物や飲み物の上を通らない

  • 指差す前に一瞬だけ位置を見る

  • 避けられないなら「上失礼します」など一言添える

それだけで、
不快に感じる人は確実に減る。

最後に

この文章を読んで
「自分もやっているかも」と少しでも思ったなら、
次からやめてほしい。

誰も注意しないから問題にならないだけで、
見ている人は確実に見ている

そして、
何も言わずに距離を取っている。