【公共マナー】「出したら終わり」の幼児退行大人が多すぎる件について



突然ですが、皆さんは公共のトイレで「前の人間の落とし物(流し忘れ)」に遭遇したことはありませんか?

私はあります。それも、一度や二度ではありません。 「え、また…?」と絶望するレベルで、かなりの高確率で遭遇します。体感としては4割くらい、世の中には流さない人間がいるんじゃないかとすら思えてきます。

毎回、不意打ちで他人の汚物を見せられる側の不快感といったらありません。正直、「子どもからやり直せばいいのに」「いっそ絶滅してくれ」とすら思います。

なぜ彼らは、次の人のことを考えられないのでしょうか? 少し冷静に、この「流さない大人たち」の生態を分析してみました。

1. 「スッキリした、おわり!」の2歳児脳

彼らの脳内はおそらく、非常にシンプルです。 「出した。スッキリした。以上、閉廷!」 これだけです。

自分が用を足せば、彼らの世界における「トイレミッション」は完全終了。その後に、顔も知らない別の人間がそこに入ってきて、どんな気持ちになるかという「想像力」が、1ミリも働いていません。 「自分が良ければ、あとは知らん」という、2歳児の幼児退行レベルの認知のまま、身体だけ大人になってしまった哀れな生き物なのだと思います。

2. 「確認」という文明の利器を失った人々

最近は、立ち上がれば勝手に水が流れる「自動洗浄」のトイレが増えました。 非常に便利ですが、その結果、一部の人間の脳は完全に退化してしまったようです。自動じゃないトイレに入っても、自分の後ろを振り返って「綺麗になったか目視する」という、人間として最低限のチェックすらできなくなっています。

自分の出したものを直視したくないから、レバーを回した瞬間に1秒でも早く逃げ出そうとする。結果、ちゃんと流れたかどうかも確認しない。 これはもう、マナー以前に「文明人」としての敗北です。

公共の場における「マナー」

公共の場所とは、「見えない他者」とスペースを共有する場所です。 次に使う誰かのために、自分が汚したかもしれない場所をパッと確認して、綺麗にしてから立ち去る。それが「大人」の境界線のはずです。

お願いですから、トイレから出る前の「たった3秒」の振り返りくらい、サボらずにやってください。 世界はあなた一人で回っているわけではないのですから。